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ラムの語源
西インド諸島に移住してきたイギリス人がサトウキビを利用して蒸留酒を造り、それを飲んだ原住民がとても興奮した様子を、「rumbulion」(デボンシャー方言で興奮という意味)と表現したことが語源のようです。
英語でRUM、スペイン語でRON、フランス語でRHUMと書きます。
マイヤーズラム
\1220〜
ジャマイカ産の代表的なダークラムです。
200種類以上の原酒から20種類のものを厳選してホワイトオークの樽につめ、通常2年間熟成させる所を8年間貯蔵して作成されるラム。
マイヤーズ ラム
ハバナクラブ
\980〜
100年以上の歴史のある地下貯蔵庫で熟成させるラム。
ラベルにはコンクールで受賞したメダルと女性像(「ヒラルディア」というハバナ港の入り口にたっているブロンズ像)が記されています。
ハバナ クラブ
レモンハート
\1280〜
英国海軍にラムを納入していたレモン・ハートが1804年に発売したラム。
現在はアライド・メドックのブランドで、カクテル・ベースとしての理想的なホワイトラムと言われています。
レモンハート
当サイトの一押しです!
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\1080〜 (taxes included、税込) |
ドン・ファクンド・バカルディが、1862年にキューバで蒸留されたラムを世界で初めてチャーコールろ過し、独自の方法で熟成させ、ブレンドしたラムを作り始めます。さらに、小さなトタン屋根の蒸留所を買い取り、自分の名前を冠した会社を設立し、バカルディの販売を拡大していきました。
バカルディが広まるきっかけに、くしくもアメリカの禁酒法がありました。アメリカ国内でアルコールを飲むことのできないアメリカ人がこぞって、観光地としてキューバに訪れ、滞在する間にバカルディを楽しみました。
当時マイアミとハバナの間で運行していたパン・アメリカン航空は「ハバナに飛んでバカルディの中に飛び込もう!」と宣伝し、雑誌フォーチュンは「ハバナの街中でバカルディがスペイン語でコウモリを意味すると思い込んでいる大勢のアメリカ人がダイキリを浴びるように飲んでいる」と報じています。
しかし、1959年に起きたキューバ革命により、バカルディの生産は危機を迎えます。キューバ国内にあった全ての財産は社会主義政権によって接収されてしまったのです。当時のキューバ政府は、接収したバカルディの蒸留所でラムを生産し、バカルディの名前で輸出することによって外貨を獲得しようとするが失敗に終わっています。
バカルディは、キューバ革命が起こる以前から、国外にも生産拠点を持っていたので、メインの拠点をキューバから移すことで生産を続け、現在は世界中で飲まれているスピリッツとなっています。
バカルディのラベルにも記されている「コウモリのマーク」をバット・デバイスといいます。このバット・デバイスにも商品と同じように歴史があります。
19世紀中頃はまだ文盲率が高く、一般の人に自社のラムを識別してもらうために、ドン・ファクンドは印象的なマーク(商標)を必要としていました。それを助けたのは彼の妻ドーニャ・アマリアでした。彼女が初めて蒸留所に入った時、彼女は垂木にフルーツコウモリが群生しているのに気づきました。芸術愛好家だった彼女は、キューバの絶滅した先住民、タイノス族が、コウモリをすべての文化財産の所有者とみなしていたことを知っており、現地の言い伝えから当時の人々もコウモリが健康、富、家族の団結などをもたらすものであると一般的に信じられていることも知っていたのです。
ドン・ファクンドはもちろん、この「コウモリ」を自社の商標として採用することにしました。その後現地の人々に「ドン・ファクンドのラムはコウモリのラム」として広く知られるようになります。
メーカーURL:www.bacardi.com
販売元:イー・エス・ジャパン株式会社