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ラムの歴史

1492年にコロンブスが新大陸(西インド諸島、カリブ海)を発見し、この地の開拓が進みました。

開拓の一環で、ラムの原料とうなるサトウキビを西インド諸島に持ち込み(もしくは、元々繁茂していたという説もあります)、蒸留したのがラム酒の始まりとされています。

その後、サトウキビ栽培地域の拡大に伴いラム酒も広まっていき、南北アメリカやアフリカでも作られるようになります。

イギリス海軍では、17世紀から野菜不足によるビタミンC欠乏症が引き金となる壊血病の予防薬として乗員にラム酒が支給されていました。

しかし、原酒がそのまま支給されていたため、酔って仕事に差支えが出る船員が続出しました。

そこで、18世紀中半頃、エドワード・バーノン(EDWARD VERNON)提督が、ラムを水で割って支給することにしました。

提督はいつもすり切れたグログラム・クローク(粗布の外套)を着ていたところから、"オールド・グロッグ"というあだ名をつけられていましたが、このとき以来この水割りラムを提督のあだ名にちなんで「グロッグ」というようになり、後に酔った状態やフラフラになった状態を「グロッキー(Groggy)」のなまり)との語源となりました。

また、ラム酒が世界に普及する原因に、三角貿易があります。

原料のサトウキビは栽培に多くの人手がかかり、アフリカから黒人奴隷が西インド諸島に連れてこられました。

その船は次に糖蜜を積んで蒸留所が多いアメリカ・ニューイングランドに運び、さらにそこで造られたラム酒を積んでヨーロッパを経由してアフリカに戻り、ラム酒を売った金で黒人と交換されました。

目次

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代表的なラムの銘柄一覧

->ラムの銘柄一覧はコチラ

バカルディ
\1080〜

チャコールフィルタで不純物を取り除いたラム。
スピリッツの中で世界最多の出荷量を誇る銘柄で、ボトルに描かれた「バット・デビス」(こうもりの絵)が特徴。
バカルディ

マイヤーズラム
\1220〜

ジャマイカ産の代表的なダークラムです。
200種類以上の原酒から20種類のものを厳選してホワイトオークの樽につめ、通常2年間熟成させる所を8年間貯蔵して作成されるラム。
マイヤーズ ラム

ハバナクラブ
\980〜

100年以上の歴史のある地下貯蔵庫で熟成させるラム。
ラベルにはコンクールで受賞したメダルと女性像(「ヒラルディア」というハバナ港の入り口にたっているブロンズ像)が記されています。
ハバナ クラブ

レモンハート
\1280〜

英国海軍にラムを納入していたレモン・ハートが1804年に発売したラム。
現在はアライド・メドックのブランドで、カクテル・ベースとしての理想的なホワイトラムと言われています。
レモンハート

->ラムの銘柄一覧はコチラ

他のお酒も見る

ジン ウォッカ テキーラ ラム
ウィスキー ブランデー リキュール その他

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バカルディ bacardi

当サイトの一押しです!

 vol(容量)  750ml
 alcohol(アルコール)  40%
 home(原産国)  Cuba(キューバ)
 founder(創設者)  Don Facund Bacardi
 establish(創立年)  1862

\1080〜 (taxes included、税込)


ドン・ファクンド・バカルディが、1862年にキューバで蒸留されたラムを世界で初めてチャーコールろ過し、独自の方法で熟成させ、ブレンドしたラムを作り始めます。さらに、小さなトタン屋根の蒸留所を買い取り、自分の名前を冠した会社を設立し、バカルディの販売を拡大していきました。

バカルディが広まるきっかけに、くしくもアメリカの禁酒法がありました。アメリカ国内でアルコールを飲むことのできないアメリカ人がこぞって、観光地としてキューバに訪れ、滞在する間にバカルディを楽しみました。

当時マイアミとハバナの間で運行していたパン・アメリカン航空は「ハバナに飛んでバカルディの中に飛び込もう!」と宣伝し、雑誌フォーチュンは「ハバナの街中でバカルディがスペイン語でコウモリを意味すると思い込んでいる大勢のアメリカ人がダイキリを浴びるように飲んでいる」と報じています。

しかし、1959年に起きたキューバ革命により、バカルディの生産は危機を迎えます。キューバ国内にあった全ての財産は社会主義政権によって接収されてしまったのです。当時のキューバ政府は、接収したバカルディの蒸留所でラムを生産し、バカルディの名前で輸出することによって外貨を獲得しようとするが失敗に終わっています。

バカルディは、キューバ革命が起こる以前から、国外にも生産拠点を持っていたので、メインの拠点をキューバから移すことで生産を続け、現在は世界中で飲まれているスピリッツとなっています。

バカルディのラベルにも記されている「コウモリのマーク」をバット・デバイスといいます。このバット・デバイスにも商品と同じように歴史があります。

19世紀中頃はまだ文盲率が高く、一般の人に自社のラムを識別してもらうために、ドン・ファクンドは印象的なマーク(商標)を必要としていました。それを助けたのは彼の妻ドーニャ・アマリアでした。彼女が初めて蒸留所に入った時、彼女は垂木にフルーツコウモリが群生しているのに気づきました。芸術愛好家だった彼女は、キューバの絶滅した先住民、タイノス族が、コウモリをすべての文化財産の所有者とみなしていたことを知っており、現地の言い伝えから当時の人々もコウモリが健康、富、家族の団結などをもたらすものであると一般的に信じられていることも知っていたのです。
ドン・ファクンドはもちろん、この「コウモリ」を自社の商標として採用することにしました。その後現地の人々に「ドン・ファクンドのラムはコウモリのラム」として広く知られるようになります。

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メーカーURL:www.bacardi.com
販売元:イー・エス・ジャパン株式会社

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