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ラムのエトセトラ

ラム酒には「ネルソン・ブラツド(Nelson's Blood)」という別名があります。

イギリス海軍のホレーショ・ネルソン提督は、Calvi(カルビ)の戦いで片眼を、Cadiz(カディス)で片腕を失い、さらに、1805年10月21日のTrafalgar(トラファルガー)海戦でフランス・スペインの連合艦隊を破るものの、流れ弾を受けて戦死しました。

船員は、ネルソン提督の遺体が腐敗しないようにラム酒の樽に遺体を入れてイギリス本国に運びました。

ところが、港へ着いたときにはラム酒は殆ど残っていなかったと言います。提督の名声にあやかろうとしたのか、航海の途中のラムの支給が減らされたせいなのかは分かりませんが、船員が容器に孔をあけ、ときどき盗み飲みしていたのでしょう。

日本では明治頃から小笠原で飲まれており、1992年に東京都小笠原村の役場・農協・商工会が小笠原ラム・リキュールという会社を設立し母島で国産のラム酒が生産されています。

小笠原では、開拓初期(1830年頃)の欧米系定住者が捕鯨船とラム酒の取引を行っており、ラム酒製造の土壌は備わっていました。

1876年に日本領土になってから、亜熱帯の気候を生かし、サトウキビの栽培による製糖業が盛んになり、その過程で生じた副産物を発酵・蒸留してつくった酒を島民は飲むようになりました。

その酒は「泡酒」や「蜜酒」などと呼ばれ、太平洋戦争中に島民が強制的に内地へ疎開させられるまで永く愛飲されてきたのです。

目次

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代表的なラムの銘柄一覧

->ラムの銘柄一覧はコチラ

バカルディ
\1080〜

チャコールフィルタで不純物を取り除いたラム。
スピリッツの中で世界最多の出荷量を誇る銘柄で、ボトルに描かれた「バット・デビス」(こうもりの絵)が特徴。
バカルディ

マイヤーズラム
\1220〜

ジャマイカ産の代表的なダークラムです。
200種類以上の原酒から20種類のものを厳選してホワイトオークの樽につめ、通常2年間熟成させる所を8年間貯蔵して作成されるラム。
マイヤーズ ラム

ハバナクラブ
\980〜

100年以上の歴史のある地下貯蔵庫で熟成させるラム。
ラベルにはコンクールで受賞したメダルと女性像(「ヒラルディア」というハバナ港の入り口にたっているブロンズ像)が記されています。
ハバナ クラブ

レモンハート
\1280〜

英国海軍にラムを納入していたレモン・ハートが1804年に発売したラム。
現在はアライド・メドックのブランドで、カクテル・ベースとしての理想的なホワイトラムと言われています。
レモンハート

->ラムの銘柄一覧はコチラ

他のお酒も見る

ジン ウォッカ テキーラ ラム
ウィスキー ブランデー リキュール その他

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バカルディ bacardi

当サイトの一押しです!

 vol(容量)  750ml
 alcohol(アルコール)  40%
 home(原産国)  Cuba(キューバ)
 founder(創設者)  Don Facund Bacardi
 establish(創立年)  1862

\1080〜 (taxes included、税込)


ドン・ファクンド・バカルディが、1862年にキューバで蒸留されたラムを世界で初めてチャーコールろ過し、独自の方法で熟成させ、ブレンドしたラムを作り始めます。さらに、小さなトタン屋根の蒸留所を買い取り、自分の名前を冠した会社を設立し、バカルディの販売を拡大していきました。

バカルディが広まるきっかけに、くしくもアメリカの禁酒法がありました。アメリカ国内でアルコールを飲むことのできないアメリカ人がこぞって、観光地としてキューバに訪れ、滞在する間にバカルディを楽しみました。

当時マイアミとハバナの間で運行していたパン・アメリカン航空は「ハバナに飛んでバカルディの中に飛び込もう!」と宣伝し、雑誌フォーチュンは「ハバナの街中でバカルディがスペイン語でコウモリを意味すると思い込んでいる大勢のアメリカ人がダイキリを浴びるように飲んでいる」と報じています。

しかし、1959年に起きたキューバ革命により、バカルディの生産は危機を迎えます。キューバ国内にあった全ての財産は社会主義政権によって接収されてしまったのです。当時のキューバ政府は、接収したバカルディの蒸留所でラムを生産し、バカルディの名前で輸出することによって外貨を獲得しようとするが失敗に終わっています。

バカルディは、キューバ革命が起こる以前から、国外にも生産拠点を持っていたので、メインの拠点をキューバから移すことで生産を続け、現在は世界中で飲まれているスピリッツとなっています。

バカルディのラベルにも記されている「コウモリのマーク」をバット・デバイスといいます。このバット・デバイスにも商品と同じように歴史があります。

19世紀中頃はまだ文盲率が高く、一般の人に自社のラムを識別してもらうために、ドン・ファクンドは印象的なマーク(商標)を必要としていました。それを助けたのは彼の妻ドーニャ・アマリアでした。彼女が初めて蒸留所に入った時、彼女は垂木にフルーツコウモリが群生しているのに気づきました。芸術愛好家だった彼女は、キューバの絶滅した先住民、タイノス族が、コウモリをすべての文化財産の所有者とみなしていたことを知っており、現地の言い伝えから当時の人々もコウモリが健康、富、家族の団結などをもたらすものであると一般的に信じられていることも知っていたのです。
ドン・ファクンドはもちろん、この「コウモリ」を自社の商標として採用することにしました。その後現地の人々に「ドン・ファクンドのラムはコウモリのラム」として広く知られるようになります。

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メーカーURL:www.bacardi.com
販売元:イー・エス・ジャパン株式会社

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